まえがき
| ●教師の理想と現実 いろいろな個性を持ったいろいろな子どもたち。 そんな子どもたちの全てを受け入れ,その健やかな成長を育みたい。その子たち一人ひとりが生き生きと活躍する授業を実現したい。 ・・・・そんな思いは,すべての教師,そしてすべての人たちが,持っているものだと思います。 しかし,現実的には,「すべての子を受け入れ,その子たち一人ひとりが生き生きと活躍する授業」の実現は簡単ではありません。 なかなか話を聞いてくれない子,聞いているふりをしているだけの子,教えても教えてもなかなか理解してくれない子。すぐ拗ねたり泣いたりしてしまう子・・・・・。一人ひとりに対応するだけで大変です。 個性も能力も一人ひとり様ざまなんだから,その子たちすべてに満足してもらえる授業なんて,子どもの数だけ必要。クラスの子全員が満足してくれる授業なんて,あ・り・え・な・い。 うんと昔,教師になって2年目頃の私は,ほとんどそんな風に思うようになっていました。そして,「教師を辞めたい」と真剣に思うようになっていました。 そんな私を変えたのは,「仮説実験授業」という科学教育の理論との出会いでした。「変えた」と言っても一気にすべてが変わったわけではありません。まず,変わったのは週3時間程度の理科の授業だけでした。 理科の授業を仮説実験授業の授業書と呼ばれる印刷物に沿って,その授業運営法と言われるものに従ってやってみたら・・・,なんだか子どもたちの様子が少しだけ変わったように見えました。 クラスには何となく成績による序列みたいなものがあったようだったのが,それが壊れていくのが見えたような気がしました。それまでの優等生の予想が外れて,わんぱく坊主の予想が当たったりすることがあったからです。 そして,一連の授業書が終わった後,子どもたちに感想を書いてもらったら,いろんな個性のいろんな子たちが,全員,こぞって「楽しかった」「またこんな授業をやってほしい」と書いてくれたのです。 子どもたちの感想に感動して,私は,理科の授業はできるだけ仮説実験授業の授業書で行うようになりました。 ●「理科の授業だけ」のはずだったのに‥‥ 仮説実験授業では「一切の押し付けを排除する」ことになっています。授業書は,押し付けが入り込まないように,その授業の展開だけでなく一つひとつの言葉遣いにも注意が払われています。 「変わったのは理科の授業だけ」だったはずなのに,仮説実験授業の授業書で授業をし,仮説実験授業そのものについても少しずつ学んでいくようになると,私はそれまでの自分の授業のあちこちに潜んでいた「押しつけ」に気づくようになりました。そして,ほかの授業も少しは変わっていくようになりました。 私が仮説実験授業を知ったころ,仮説実験授業研究会は自然科学分野の授業以外の研究にも手を広げるようになっていました。 そもそも仮説実験授業というのは「どの教師がどのクラスでやっても効果的な授業が実現しうるような教案」を授業書として作り上げる研究です。原案をいろいろな場所のいろいろな教師が実践して,効果が上がる形にまとめたものが授業書なのです。自然科学分野以外の内容においてもいろいろな教師が実験授業をして効果的な授業が実現できると確認したものは,たいてい私が行っても,いい授業ができます。 そして,そういう授業の中では,いろいろな個性の子どもたちが,それぞれに生き生きと活躍するのです。そして,いろんな個性の子どもたちの素敵な姿を確認すると,私にもいろんな子どもたちのそのままを受け入れることができるようになっていきました。 ●《空気と気圧》を取り上げて そこからスタートして,その後60歳の定年退職を迎えるまで,私はずっと仮説実験授業を実践し続けてきました。昔から私は「熱しやすく冷めやすい」ところがあって,お稽古事は1年以上続いたことがありませんでした。面白いと思う本に出合うと,その作者の本を読み漁り,「ある程度読み尽くすと卒業」ということも繰り返してきました。しかし,仮説実験授業はそんな私をずっと飽きさせることがありませんでした。仮説実験授業研究会の研究はどんどん進んでいき,それに追いつくことさえ十分にはできず,卒業などということは考えられないことでした。授業の実践自身が楽しいだけでなく,研究会での新しい研究成果を学ぶことによって,自分自身が豊かになるという生活がずっと続きました。 同時に,「もっともっと仮説実験授業を実践する教師が増えてほしい」と思い,サークルを作ったり,「仮説実験授業入門講座」という催しを開催したりしました。 今回この冊子を作ったのも,その流れの一環です。「仮説実験授業とはどんなものなのか」ということ,その楽しさをたくさんの人に知ってほしくて作りました。 取り上げたテーマは《空気と気圧》です。 もしも,あなたが「気圧って何だろう?あんまりはっきりよく分かっていないな~」と思われるのでしたら,冊子の中の子どもたちと一緒に,問題に予想を立て,実験の結果を受け止めてみてください。きっと「なるほど,気圧ってそういうものだったのか」という納得と〈科学を学ぶことの楽しさ〉を感じていただけると思います。 もしも,あなたが教師だったり,〈教師を目指す学生さん〉だったりしたら,最後まで読んでいただけば,仮説実験授業という授業の特徴が理解していただけると思います。そして,仮説実験授業の中ではいろいろな個性を持ったいろいろな子どもたちが生き生きと活躍し,誰にでもたのしい授業が実現できることも分かっていただけるのではないかと思います。 あなたの中に仮説実験授業という新しい視点が付け加えられることになったら,嬉しいです。 この冊子が作られることになった経緯などについては,あとがきに書きました。興味があったらご覧ください。 |